米屋と成田山新勝寺お不動様| なごみの米屋(千葉県成田市)

成田山表参道 なごみの米屋

成田山表参道 なごみの米屋

お不動様となごみの米屋

成田のお不動様で有名な大本山成田山新勝寺は、天慶三年(九四〇年)に朱雀天皇の勅願により東国鎮護の霊場として開山され、以来、法灯絶えることなく今日に伝えられております。
最初に御堂が建てられたのは、成田市域の南方、公津ヶ原と呼ばれる所でありました。

しかしその後、室町時代中期以降は、さしもの偉容を誇った伽藍もすっかり荒れ果て、近在の名主たちの相談により、ご縁があって成田村の名主諸岡三郎左衛門が、ご本尊不動明王のご尊像を自分の屋敷内にお遷しすることとなり、永禄九年(一五六六年)までの間、奉仕をいたしておりました。
三郎左衛門は米屋株式会社創業者の遠祖にあたる人物で、その屋敷跡はなごみの米屋總本店敷地内お不動様旧跡庭園の一帯にあたります。
弊社は、永禄の昔以来お不動様とのありがたいご仏縁から、成田の歴史と共に歩み続けております。

お不動様旧跡庭園

お不動様がはじめて成田に御遷座された場所が、なごみの米屋總本店敷地内にあります。
この地はなごみの米屋の原点であり、聖地として大切に保存しています。
成田山ご参詣の折、憩いの場としてご自由にご利用ください。

成田山のご本尊がこの地に安置されていたことを記念し、さらに弊社がお不動様に奉仕して今日に至りましたことを感謝するために建立しました。
昭和四十一年十月、成田山中興第十九世貫首・松田照應大僧正を大導師にお迎えし、除幕式を執り行いました。
文字は弊社の創業者諸岡長蔵の筆になります。

近くに土地の人々に愛飲された霊水の湧く大井戸があり、お不動様をこの地にお遷しした諸岡三郎左衛門は、その大井戸から毎朝水を汲んでご尊像にお供えしました。
現在の地にご本堂が遷ってからも、明治の中頃まで成田山から毎朝ご本尊に供える水を汲みに来ておりました。
当時の大井戸は埋まってしまいましたが、諸岡家では同じ水脈より湧出する清水を枯らすことなく、故事に基づき「不動の大井戸」と称して今日に伝えてきました。

百余年の歴史と伝統が息づく
味の極致

自然の恵み豊かな北海道十勝の大地に実る粒選りの小豆。
最高純度の氷砂糖のキレのよい甘味。まったりとした口当りの天然寒天。不動の大井戸の名水をもちいて丹念に煉り上げました。
心ゆくまでお味わいくださいませ。

「不動の大井戸」の名水を使用した
こだわり最中

お不動様ゆかりの「不動の大井戸」の名水で丁寧に炊き上げた粒あんと香ばしい最中の皮が絶妙です。

この庭園を守護していただくために、弊社名誉会長諸岡謙一が成田山のご本尊のご分霊を勧請いたしました。
平和な成田を願い、平成元年の弊社創業九十周年のときに建立を発願したこと、さらには「不動の大井戸」に象徴される水資源を後世まで末永くお守りいただくために、この不動明王像を「平成水守り不動」と命名いたしました。
平成四年四月、真言宗中興の祖・興教大師八百五十年ご遠忌のときに、成田山中興第二十世貫首・鶴見照碩大僧正を大導師にお迎えし、開眼法要を執り行いました。

弊社の創業者諸岡長蔵は、明治三十二年に成田山の門前に羊かん店を開業いたしました。幼少より成田山を尊崇し、またお不動様の御心を体して成田のために社会奉仕を続け、昭和三十九年五月には成田市名誉市民に推されました。胸像は、芸術院会員故朝倉文夫先生の作になります。
また、胸像の右側には長蔵の遺墨になる古歌「にちにちに昇る朝日はおがめども入る日のかげをおがむものなし」の歌碑があります。
今日一日の感謝と明日への反省をこめて、沈む夕日にいつまでも合掌していたいという気持ちを表わしたもので、この遺訓により胸像も西向きに建てられています。

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