成田山表参道 なごみの米屋

成田山表参道 なごみの米屋

創業者 諸岡長蔵

創業者誕生と米屋の発祥

長蔵の人柄

質素として清廉に生き、「人を助けて、わが身助かる」を信念として公共福祉のために余財を寄付しつづけ一生涯を送りました。特に道路補修に関しては33歳から晩年にいたるまで実施し、市内100箇所以上、全長7234mの道路を自ら労働して補修し、その他多くの公益事業へ多額の寄付を行いました。

とりわけ廣池千九朗博士の研究に深く共鳴した長蔵は、20余年モラロジー(最高道徳)研究の財政援助をしました。研究費・出版費はもとより、生活費・病気療養費・その他基本雑費一切に渡り行いました。この公私に渡る厚い援助により廣池博士自ら「モラロジーの母」と名づけられました。
その他、時の文部大臣の認可を受け、諸岡報恩会という公益財団(当初基金10万円)を私費をもって1940年(昭和15年)に設立、主として奨学金の支給を行い現在も継続されています。

お不動様となごみの米屋

創業の一品栗羊羹

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